
昨日、インフォメイションで教えてもらったメロニーズ(177 Ensemble d`habitation/L. & H. Blomme)はコーヘル・オジレイに面していて、すぐ分かった。それは14ー18番地の3連棟の中央の住宅の1階にあった。建物はフレミッシュ・ルネサンス風の折衷様式で1895年、レオナルド・ブロムの作品だ。
「ボンジュール」と言いながら入っていくと、女将のメロニーさんがオーダーを取りに来た。ポテトとパンが入ったオムレツと冷たいヒューガルテン・ブランシュを注文する。そして今見て来た「狂気のアール・ヌーヴォー建築群」を頭の中で反芻する様に思い返した。
1866年エドワード・オジーとジョン・コーヘルは父親、伯爵ジーン・オジーからその時はアントワープ郊外のまだ農地であったツーレンボルク地区を相続した。この地区は国鉄アントワープ/ローゼンダール線によってアントワープ市街と切り離されてしまっていたが、1876年貨物駅が新設され産業地区としての可能性が考えられるようになった。彼等はこの土地を「アントワープ東部開発会社」に売却する事にした。当時のアントワープの経済的隆盛に伴い住宅地としてツーレン・ボルグ地区は1895年に開発が始められた。正にアール・ヌーヴォー建築が誕生した時期に一致している。 そしてツレンボルク地区はヨーロッパに於ける商業の一大中心地としての国際都市アントワープで成功をおさめた人達の近隣住区として開発され新しい住宅街となった。成功した新興ブルジョワジー達は彼等のステイタスを表現する新しい様式の建築を求めた。その結果として、この様なテーマパークの様な住宅街が出来上がった。この地区のメインストリートであるコーヘル/オジ・レイは元地主の2名の名前に由来している。
ここにはあらゆる西洋建築の様式と、西洋建築の枠を超えた異国趣味の様式が、またはそれらの折衷された様式がある。アール・ヌーヴォーのイディオムは正にその様々なイディオムの一つにすぎない。ここでは、どこまでがアール・ヌーヴォーであり、どこからがアール・ヌーヴォーではないのか、と言った問題は意味のない設問の様に思える。
バスクールの作品を見ても、このガイドブックで紹介した比較的アール・ヌーヴォー的要素の濃い作品以外にも、あらゆる様式の折衷による作品が数多くある。彼の中でもアール・ヌーヴォー・イデオムは一要素にしか過ぎない。アントワープのアール・ヌーヴォーに関しては研究書も少なく、今後の研究が期待されるところだが、このテーマパークの様な町並みを見ていると、まだ解明されていない興味深いテーマが、街のいたる所に眠っている様な気がする。
フランシス・ストロヴァンの「ジョス・バスクール(Jos.Bascourt)」によると、バスクールは1863年ブリュッセルのシェアビークに生まれた。幼い時期に家庭の事情でアントワープの叔母に預けられる。小学校を卒業すると、石材加工業者ケネスの工房でドラフトマン、管財、業務手配など兼務の職員として雇われた。同時に王立美術学校の夜学生として建築の勉強をする。学業は素晴らしく優秀で、何度もメダリストとなった。
卒業後も数々のコンペでメダルを獲得するが、何と言っても彼の出世のきっかけはアントワープ建築家協会主催の「プレスクラブ」のコンペでグランプリを獲得した事だ。そして建築家エミール・ヴェレッケンの娘と結婚し、数多くのクライアントに恵まれ、ツーレン・ボルクやアントワープ市内に多数の住宅を設計した。又、アントワープ近郊にはいくつかの別荘も設計している。彼は最初から最後まで折衷主義者であったわけだが、アントワープのアール・ヌーヴォーの特徴を最も良く現している建築家と言って良いのではなかろうか。
そして、アントワープのアール・ヌーヴォー建築そのものが、ブリュッセルとはかなり違っていて、独自性を感じる。ブリュッセルは位置的にはフラマンに属するがワロンの傾向がかなり強く感じられデザインの傾向もフランスを向いているような気がする。ブレロの洗練されたカーブの影に見え隠れするフラマンのオドロオドロしい怪奇性がストロヴァンを除けば表面上はあまり感じられない。ところがここアントワープではそのようなとりすました感じは一切無い。フラマンそのものだ。ジョゼフ・バスクール然り、スメット・ヴェルハース然りだ。この様なアントワープの傾向をベルギーアール・ヌーヴォー建築の中でどの様に位置付ければ良いのか、もう少し研究を重ねなければならない。たぶんこれはアントワープ・エクレクティスムとでもいったらよいようなこの土地独特の折衷主義様式の解明が重要な鍵になるのではないだろうか。
美味なメロニーさんの手作りオムレツをつまみながら、3杯目のヒューガルテン・ブランシュのグラスを干す。大分気持ち良くなってきた。これからトラムで中央駅まで戻りブルージュに向かう。中世の町ブルージュで、しばし休暇を楽しんだ後、今回の旅の最後の訪問地ゲントに向かう。ゲントにはオルタの処女作が現存しているはずだ。![]()
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