8. ARAUツアー2(アンビオリ広場とパルマストン大通り)

ARAU tour2 (Squar Ambiorix and Avenue Palmerston)

 途中、古い町並みが広い範囲に渡って解体されている再開発現場の前を通った。ブリュッセルもE.U.のセンターとしての役割を果たすため古い建物が壊され再開発が行われているのだろうか。この中にも何軒かあるいは何十軒かアール・ヌーヴォー建築があるはずだ。ブリュッセルに於ける再開発と歴史的建造物の関係はどうなっているのだろうか......等と物思いに耽っていると,解説者のフランス語風イントネーションの英語解説の中に再びストロヴァンの名前が聞こえた。
 「この建物は革加工職人の住宅で、メゾン・レ・シャ(maison les chats)と言う名前の建物である。3階バルコニー部分に2匹、屋根飾りにもう2匹、合計4匹の猫が見えるでしょう?」........と解説者の説明は続いた。そう、これは昨日、オルタ美術館で手に入れた「世紀末ブリュッセル風ファサード(Facades Bruxelloises au Tournant du Siecle)」に載っていたG.ストロヴァンの「レ・シャ」(104 maison Les Chats/Gustave Strauven)だ。私が日本で入手した数少ないベルギー・アール・ヌーヴォー建築の資料の中には、この建物ふれたものは皆無だった。ぜひ今回のツアーで見ておかなければいけない、と昨夜ホテルで考えていた建物だ。バスは解説が終わると走り出した。この建物も午後、再度取材する必要がある。
 バスは突然アンビオリ広場(square Ambiorix)に出た。私は覚えている。この広場は、そう、G.ストロヴァンのサンシ−ル邸(109 maison de saint-Syr/Gustave Strauven)がある場所だ。ベルギー・アール・ヌーヴォー建築が行き着く所迄行った、究極の作品であると私が考えている建築がこれだ。17年前の早朝、人通りの無いこの広場でその過激さ、エロティックでさえあるその壮麗さに目を奪われ、唖然としてしばらく立ち尽くした記憶が私の中に蘇った。今日の午後はストロヴァン巡礼だ、と私は再び決意した。バスは数秒の解説と共にサンシール邸前を通過した。
 そしてバスはアベニュー・パルマストン(avenue Palmerston)のオルタ設計のヴァン・エートヴェルド邸(082 Hotel Van Eetvelde/Victor Horta)の前で止まった。ここは現在、某企業が所有しており、内部の見学が可能だ。参加者は入場制限のため2回に分けて中に入る。私は隣のデルエイ邸(083 Hotel Delhaye/Victor Horta )と向かいのデプレ・ヴァンドゥヴェルドゥ邸(084 Hotel D-Vandervelde/Victor Horta)の写真を撮るため後の組に入る事にした。デルエイ邸はイエローストーンのファサードだが、窓廻りのレリーフや、エントランス・キャノピーのマッシュルームの様な尖塔など、オルタの作品の中でもオルタらしいデザインの建物だ。向かいのデプレ・ヴァンドゥヴェルドゥ邸(084)は遠景からはさほど感じられないが、近付いてディテールを見て行くと、これも様々なオルタ・カーブの装飾が施されている。地面から生え出して外壁を這い上がる様に彫り込まれたコーナー部のレリーフ、そして2階バルコニーを支える片持ち梁のレリーフ、どれをとってもアール・ヌーヴォーの父オルタの素晴らしいデザインだ。何と屋根の上を見るとマッシュルームの様な換気用の尖塔が見える。ガウディのデザイン思わせる。ガウディのカサ・ミラ、カサ・バトリョは1904〜1906年の着工、デプレ・ヴァンデヴェルデ邸(84)は1896年に竣工している。ガウディはオルタの作品を見ているのだろうか。
 先の見学組がぞろぞろと出て来た。今度は私達の番だ。列の後に列んで中に入る。エントランスを半階上がると八角ホールだ。八角形の各頂点に細身の柱が立ち、傘を広げた様な天蓋の光天井を支えている。8本の柱は天井附近でアーチとなり、光天井のステンドグラスは柱から植物が生え出した様なオルタカーブの模様で縁どられている。八角ホールの周囲はさらに半階上がったレベルで通路となっており、そのレベル差の腰壁はグリーンのオニキス貼りとなっている。ホール及び通路は床、壁、天井が全てオルタ・カーブの模様で縁取られている。その装飾が床、壁、天井を見切ると共に、それそれをスムーズに繋ぐ緩衝材の役目も果たしている。
 半階上がって、ステンドグラスの光天井となっている通路を通り、ダイニングルームに入る。ステンドグラスの額縁の入った大きな扉をあけて中に入ると、左手にコンゴ産マホガニーのマントルピースと一体化したキャビネットが据えられている。マホガニー製のフレームがオルタ・カーブに彫刻され、天井に向かって曲りくねりながら上昇している。
八角形の通路をパーラーまで進む。こちらのマントルピースはオニキスだ。オルタカーブの真鍮モールディングでフレーミングされている。パーラーは道路に面している。外壁をカーテン・ウォール構造としているため、ガラス面が大きくとれ非常に明るい。アングル鋼や溝鋼をリベットで縫い合わせて組み立てた細身のマリオンが外壁より幾分か内側にセットバックして並んでいる。マリオンは天井まで伸びて行き、梁との接合部にはフラットバーの曲げ物の装飾が施され、異なる部材間のスムーズな繋がりを演出している。良く見るとH鋼と思われる梁は3階の床を支える根太として細かいピッチで入れられており、そのフランジ部分に幾分かボールト状にカーブした天井パネルが乗せられている。パネルは一定サイズになっており、工場製産、現場組み立て可能なシステム天井となっている。
見学はここまでだ。もちろん内部は撮影禁止だ。大きなカメラバッグを持っていた私は係の女性とツアーの解説者の両方から写真を撮らない様にと注意を受けた。この建物の八角ホールは本当に素晴らしい。F.ボルシの「Victor Horta」にその詳しい写真が掲載されているのでぜひ参照してほしい。
 外に出てファサードを観察してみよう。隣のデルエイ邸(083)の石造のファサードと比較してみよう。窓開口部の上部を見て欲しい。デルエイ邸は石造のファサードのためアーチの構造をとっており中央に要石(キー・ストーン)があるのが分かる。一方、ヴァン・エートヴェルド邸(082)は2階、3階部はスチールフレームのカーテン・ウォール構造となっており、カーテン・ウォールの上下の水平材はH鋼、2階開口部のまぐさは組み立て鋼で、デザイン上からアーチにしている。垂直に走る細身の支柱は溝鋼を使った組み立て鋼だろう。
工場製産された市販の鋼材と、モザイクタイルでオルタ・カーブの模様を施された腰パネル(これも工場製産可能)、そしてカーテン・ウォールだから可能な大きなガラス窓、もちろんガラスは工場製産品だ。この建物のファサードは当時としてはかなり斬新なものだったに違いない。オルタはガラスとスチールによるカーテン・ウォールのファサードを人民会館でも試みている。