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今夜の番組チェック

7 ARAUツアー1(旧市街からルイ・ベルトラン大通りへ)

ARAU tour 1(From the old city area to avenue Loui s Bertrand)

 

 今日は土曜日。ARAUア−ル・ヌ−ヴォー・ツアーのある日だ。昨日、電話で問い合わせたところ9時45分、ブロッケル広場(place de Brouckere)のホテル・メトロポール前集合とのことだ。約2時間の専門家による解説付きのバスツアーだ。英語解説付きと、フランス語解説付きがある。バスは予定通り10時に出発した。アンスパック大通り(Boulevard Anspache)を南下しインナー・リングの南に向かう。第1日目に訪れたジュー・ドゥ・バル広場附近だ。
 ナンシー通り(rue de Nancy)でバスを降り、レオン・スネアの住宅(003 Habitation et Atelier /Leon Sneyers)を見学する。スネアはポール・アンカールの弟子だ。建築は6番地と8番地の2棟連棟式住宅となっている。空家になって時間がたっているらしく建物は相当に傷んでいる。良く見るとエントランスドアやバルコニーの手摺金物にユーゲント・シュティルやセゼッションの影響を受けたスネアのデザインを見る事ができるだろう。
 次はオルタの幼稚園(002 jardin d`enfants/V. Horta)だ。参加者はぞろぞろ歩いて聖ギスライン通り(rue St. Ghislain)へ向かう。建物の前で一通りファサードの説明を受けて中に入る。第一日目の項で述べた様に、中央ホールのトップライトと、大屋根の直天井下に露出された鉄骨構造体の扇を広げた様なブレースのデザインが素晴らしい。解説者はホール出入り口のブルーストーンのデザインにゴシックの傾向を指摘していた。
 オルタの次は、また歩いてタノール通り(rue des Tanneurs)のF.シモン設計のワイン館(004 Le palais du vin/ F. Symons)を見学する。これはワインの取引所なのか、それともギルドハウスの様なものか。2階開口部の上には紋章の様なものがフレスコ画で描かれている。中央エントランス上部のタンパン状パラペットがヴェニスのサンマルコ寺院のようでエキゾティックな雰囲気を醸し出している。
 再びバスに乗り、ロイヤル通り(rue Royale)を北上する。途中アンカールの紳士用品店のショップフロントをバスの中から見る。木製サッシによるアール・ヌーヴォー・カーブのショプフロントだ。そして、バスはポール・アメス設計のコーン・ドネ邸(070 Hotel B. Cohn Donney/Paul Hamesse)の前で止まった。現在は「ドゥ・ウルティエ−ム・アルシナティエ(De Ultieme Hallucinatie)」という名のタベルナ・レストランになっている。このレストランの名前「最後の幻覚」という意味だそうだが世紀末のデカダンスの臭いがして、意味ありげな店名だ。その由来はどんなだろうか。ファサードは工事中で養生シートに覆われていていて見えなかった。ポール・アメスはこの館の内装の改修工事の設計を行った。
 エントランス・ホールに入ると,そこからアール・ヌーヴォーの饗宴は始る。かなり華かなウィーン・セゼッシォン風のデザインはヨーゼフ・マリア・オルブリッヒの影響を感じさせる。エントランス・ホールからビリヤード室、チェス室と続き右の折れるとダイニング・サロンとなっている。大理石のマントルピースと照明、ステンドグラス、ラジエターカバーの金物などアール・ヌーヴォーからアール・デコへのプロセスを感じさせるデザインだ。中庭を隔てて別館があり、その別館への通路が改装されて厨房となっている。厨房のスデンドグラスの光天井もなかなかきれいだ。この厨房の改装までがアメスのデザインだろう。厨房の前の中庭は屋根がかけられレストランの客席として改装されている。又、中庭のグロッタ調の築山と別館はアメスが改装を行う以前のものの様だ。このレストランのキャッチコピーは「アール・ヌーヴォー美術館の中でお食事を!」というものであるが,時間があればここで食事をするのも悪くはない......等と思いながら再びバスに乗る。
 バスはさらに北上しオルタのオートリック邸(071 Hotel Autrique/V. Horta)の前を通り、聖セルバ教会を右折してルイ・ベルトラン大通り(Avenue Louis Bertrand)に入る。バスは止まらないまま解説者がかなり古い集合住宅(074 commerce et habitation/Francois Hemelsoot)の説明をしている。バスの中からシャッターを切ってもろくな写真は撮れない。写真を撮るのは諦めて、心地よいフランス語調の英語の解説を何気なく聞いていると、突然ギュスターヴ・ストロヴァンの名前が飛び出した。そして、それだけが私の耳に残った。ふと我にかえってバスの窓から外を見ると、そこには2棟のかなり大きな集合住宅(075 Commerce et habitation/G. Strauven) (076 Commerce et habitation/G. Strauven)が建っていた。
 それは異様な雰囲気を周囲に放つ独特な形の建物だ。シーザー率いるローマ軍を迎え撃つべくケルト連合軍の若き総指揮者ベルチンジェトリックスが築いた難攻不落の砦、といった連想が私の頭に浮かんだ。この建物は尋常ではない。ストロヴァンの集合住宅があることは知っていたが、この様に大きなものだとは思っていなかった。バスの中からシャッターは切れない。私はこのバスツアーの後、再びこの場に来て取材しなければならない、と心に決めた。
 この通りにはストロヴァンの住宅(072 habitation/G.Strauven)がもう1軒ある。バスは通りを2周してジョサファ通り(rue Josaphat)に入り、H.ジャコブ設計の第1小学校(077 Ecole Communal #1/Henri Jacobs) (078 Ecole communal #1/Henri Jacobs)の前を通り次の目的地へ向かった。このツアーのコースは予め参加者に知らされているわけでは無く、次に何処に行くか分からない状態で広い通りから狭い通りへ、何度も右折、左折を繰り返しバスは南下して行く。バスはどこへ向かっているのだろうか。