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3 .エルンスト・ブレロのアール・ヌーヴォー横町

The Art nouveau side walk of Ernest Blerot


rue Vanderschrick

 今日はブレロのアールヌーヴォー横町を見に行く。アールヌーヴォー建築の宝庫,ここブリュッセルにも、通りの片側1街区分の建物が全てアールヌーヴォー様式の建築で埋め尽くされているのは、これから行くヴァンデルシュリック通りをおいてほかにはない。メトロを使おう。中央駅(Gare Central)でM1A(Herrman Debroux行き)又はM1B(Stockel行き)に乗る。ア−ル・ロア(Arts Loi)でM2(Clemenceau行き)に乗り換える。ミディ駅(Gare Midi)のひとつ手前ポルト・デ・アル(Porte de Hal)で降りる。この駅はかつてブリュッセル旧市街の城壁であった五角形のインナー・リング(環状道路)の南の頂点に位置している。現在、城壁の門の部分だけが中央分離帶のグリーン・ベルトの中に博物館として残っている。
 地上に出て、ワーテルロー大通り(Boulevard de Waterloo)を渡りインナー・リングの外に出る。この大通りと同じ名前のワーテルロー通り(chausse de Waterloo)を入る。少し行くと右手に、フレスコ画でファサードが装飾された4階建ての建物が見えてくる。各階のバルコニーの手摺りもなかなかのアール・ヌーヴォーだ。そして、その隣の角の建物はゴシック・キャッスル風尖塔がコ−ナ−部の外壁に貼り付いている。
 角を右に入るとヴァンデルシュリック通り(rue Vanderschrick)だ。この通りに面して右側のブロック全てが不思議な雰囲気のゴシック風建築群となっている。この不思議な建築群は1人の建築家によって設計されたものだ。その建築家の名前はエルンスト・ブレロ(Ernest Blerot)。彼は建築家であると同時に住宅開発事業家でもあった。つまり、これは彼が設計し、建設し、分譲したものだ。
 さて、この奇妙な雰囲気をじっくりと味わうことにしよう。この12棟の建築群
(008~015) (016~017) (018) (019) (020)は全て異なったファサードを持っていることに注目しよう。砂岩と施釉レンガをベースにベイ・ウィンドウ、バルコニー、パラペットの形状の組み合わせによりブレロは12通りのファサードを造り出している。それぞれのファサードをじっくり見て行こう。ゴシック風尖塔、三角屋根、アーチ型、和風小屋組みを想わせる切り妻型等のヴァリエイションが楽しめる。エントランスドア、その上部のファンライトのステンドグラスやフレスコ画、1階パーラーのピクチャーウインドウの桟とステンドグラス、地下明かり取り窓の面格子等、良く観察してみよう。この街区の建物の中にブレロのデザイン・ボキャブラリーのヴァリエイションの全てがある、と言っても良いのではなかろうか。彼は12棟の建物の独自性を12通りの異なるファサードで表現している。彼が建築家であると同時に、住宅分譲の事業者であったことを考えあわせると、なかなか興味深いものを感じる。
 まずは建物全体を通りの反対側からじっくり観察しよう。パラペットの形状、バルコニーとベイ・ウインドウ、窓などの開口部の形、それらのファサード全体の位置、バランスなどを視点を序々に移しながら見て行く。全体を楽しんだら、今度は通りを渡って建物に近かづいて1、2階部分を観察しよう。靴の泥落としを兼ねた雨水排水孔や番地表示板等、興味深いデザインを楽しむ事が出来るだろう。
 1棟1棟味わいながらジャン・ヴォルデール通り(avenue Jean Volders)まで来ると、角に、ひときはエレガントな4階建ての
建物(019 La Porteuse d`eau / Ernest Blerot)が建っている。1、2階は「La Porteuse d'eau(水汲み女)」と言う名のレストランになっている。外壁コナー部2階窓には水を天秤で運ぶ女性を描いたステンドグラスが嵌め込まれている。不思議な12棟の建築群に圧倒され、かなりの時間、意識を集中し続けたので疲れてしまった。ちょっと早いが、この辺でお昼にしよう。
 「水汲み女」のドアを開け中に入る。曼珠沙華が一斉に開花したような装飾のインテリアもなかなかのものだ。特にバーカウンターとそのバックのフレスコ画が素晴らしい。立派な口鬚をたくわえた、小太りのギャルソンがメニューを持って来る。食事をオーダーしながら、この建築の素晴らしさを誉めてみる。まんざらでもなさそうだ。私はすかさず、日本から来た写真家だ、アール・ヌーヴォー建築の取材をしている、ここのインテリアは素晴らしい、ついては写真を数枚撮らせてもらえまいか、と尋ねてみた。彼はきっぱりとした口調で「ノン!」と言ってから、歴史的建造物として認定されている云々などと説明を始めた。残念ながら諦めるしかない、とは言いつつも諦めきれない。
 舌平目のムニエルを冷たいヒューガルテン・ブランシュ(マスカットの香りのする白ビール)でほてった体に流し込みながら、さてどうしたものかと考える。「ムシュー、トイレットはどこか。」と問うと、「2階の奥だ。」と答えがかえって来た。私はカメラをジャケットで隠しながら廻り階段を上った。階段の上部はマッシュルーム状に折り上げた光天井になっている。
2階の上がると、5〜6人のグループが会食をしている他は誰もいない。壁のフレスコ画、ボックスシート間の仕切り板など、なかなかのものだ。フラシュもたけず、かなりのスローシャッターだが迷わずシャッターをきる。トイレに入ると中は白いタイル貼りで、どうということはなかったが、鏡の枠ちょとアール・ヌーヴォーかな、と思わせる程度だ。食後のエキスプレス・コーヒーを飲み、落ち着いたところで勘定を済ませ「メルシィ、オヴォア」と挨拶をすると、「ボン・ヴォワイヤージュ」と答えがかえって来た。美味しいインテリアを本当にどうもありがとう、と独り頷きながら私は次の巡礼地を目指した。
 次はフォレストのネリセンの住宅、ローデンバッハ通りのアンリ・ジャコブの集合住宅を見てからアントワーヌ・デルポルト広場まで行ってみよう。アントワーヌ・デルポルト広場周辺にはかなりの数のアール・ヌーヴォー建築が残っているはずだ。