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2.ジュー・ドゥ・バル広場から裁判所の丘へ

From place du Jeu de Balle to the hill of Palais de Justice

place du Jeu de Balle

 いよいよア−ル・ヌ−ヴォー建築巡礼第1日目である。昨夜は興奮していたためかなかなか寝付かれず、少々寝不足気味だが、不思議と意識は覚醒している。中央駅へ向かって坂を上る。芸術の丘、アルベ−ル1世図書館(Bibliotheque Albert )の横を入る。ルボ−通り(rue Lebeau)の坂を上って、すぐ右手にヴィクトール オルタフリズン邸(001maison Frison / Victor Horta)が見えてくる。イエローストーンとブルーストーンのゼブラのファザードに開口部のエッジの流れる様な曲線が素晴らしい。最上階のアティック部は銅板葺きのヴォールト状屋根となっている。1階には竣工当時、若き弁護士フリズンのオフィスがあったが、今は改修され店舗のショーウインドウとなっている。この建物でやはり見るべきは、3階部分に張り出したボウ・ウィンドウであろう。バルコニ−下端のライン、開口部のまぐさ、その上部の軒のラインが全て同一のボウ(弓)状の繰り返しとなっている。そのデリケ−トな曲線がフラットなファサードに心地よい変化を与えている。オルタはブリュッセル郊外ユックル(Uccle)にこの若き弁護士のために「レゼパングレット(Les Epinglettes)」という名の別荘も設計している。
 さて、さらに進み坂を上り切ると,そこはグラン・サブロン広場(place de Grand Sablon)だ。土日にはこの広場でアンティーク市が開かれる。又、ブリュッセルで一番美味しいと評判のチョコレートの店「ヴィッタメール」が広場に面してテーブルを張り出している。疲れたら、ここで一息入れるのも良いだろう。
 グランサブロン広場の突き当たりストゥヴァン通り(rue Stevens)の坂を下りる。中程で少し円形に広くなっている場所がエミ−ル・ヴァンデルヴェルドゥ広場(place Emile Vandervelde)だ。この場所に、かつてオルタが設計したベルギ−労働党の人民会館(Maison du Peuple)が建っていた。この広場の名前もベルギ−労働党指導者エミール・ヴァンデルヴェルドゥに由来している。ガラスとスチールのファサードの斬新なデザインのこの建物は、残念ながら1960年代に解体され、その一部が地下鉄オルタ駅に残されている。現在、広場の向かいにファサードの一部を再現した商業ビルが建設中である。
 坂を下りブレ通り(reu Bleas)に入る。食料品店、パン屋などが並ぶ庶民的な通りだ。ブリュッセルは本当にパン屋が多い。店のショーウインドウには、多くの種類の菓子パンが並べられている。美味しそうな焼き立てのパンの香りを嗅ぎながら、通りを進んで行くと、だんだんアンティークの店が多くなる。タンスやテーブルと言った、かなり大物の家具を並べている店が多い。もし広さが許すのであれば、我が家にも置いてみたい、などと考えながら何軒かひやかしてみる。値段はかなり高かった。
 ジュ−・ドゥ・バル広場(place du Jeu de Balle)の3本手前、聖ギシュライン通り(rue Saint-Ghislain)を右に入る。すぐ右手になんとも可愛らしいゴシック・教会風の建物が建っている。オルタ設計の
幼稚園(002Jardin d`enfants / Victor Horta)だ。私はなぜかこの建物を見た瞬間、パリ・フォンテーヌ通りのギマ−ル設計のメザーラ邸(pー1Hotel Mezzara / Hectore Guimard)を思い出してしまった。周辺の建物とはちょっと雰囲気が違っていて、可憐な感じが似ているからだろうか。
 
ファサードはイエローストーンとブル−スト−ンのゼブラ模様だ。2層のオフィス棟を1層のクラスルーム棟が左右から挟んでいるヴォリューム構成。そしてタワ−状の階段室と45度に振られた鐘楼の様な尖塔がそれらのヴォリュームを繋いでいる。この様な異なるヴォリュームの繋ぎ方や、異なる素材の繋ぎ方をオルタはかなり綿密に検討しデザインしているのが分かる。又、階段室棟の妻側には屋根組みの木製トラス、逆T形のスチ−ル製キングポストとタイビームを露出させ、ローカル・ゴシック傾向と言ったら良い様な雰囲気を醸し出している。平面は中央集中形式のかなり広いホールとなっており、プレイルームとして使われている。このホールの大屋根のディテールが素晴らしい。スチール製のブレースが扇の骨の様に広がり、要の部分でたくみなデザインのブラケットによりブレースを梁に結合している。この幼稚園の内部はARAUアールヌーヴォー・ツアーで見ることが出来る。
 再びブレ通りに戻り、しばらく歩くとジュー・ドゥ・バル広場だ。ここでは毎日午前中、アンティーク市が開かれている。アンティークと言うよりは、ガラクタと言った方が良い様な物が、所狭しと並べられている。多分壊れていて動きそうに無い45回転のレコードプレーヤーや、ド−ナツ盤が並んでいたと思えば、クロームメッキのアラビヤ風ペーパーナイフや真鍮製のドアノッカーがその横に並んでいたりする。広場の周囲にはカフェが軒を連ねているので、ひとしきりガラクタ市をひやかした後は、冷たいビールかほろ苦いエクスプレス・コーヒーで一息入れて、次のアール・ヌーヴォー建築を見に行こう。
 このジュドゥバル広場の南角に面して、何やら奇妙な雰囲気の集合住宅が建っている。E・エルマン設計の
市営集合住宅(005 Habitation ouvriere de la ville de Bruxelles /Emile Hellemans)である。19世紀末から20世紀初頭にかけて建てられた、それまでの時代とは違った独特の雰囲気を持った建築様式をアール・ヌーヴォー建築と呼ぶならば、これはまぎれも無くアール・ヌーヴォー建築だ。しかし、ここにはオルタギマールの、あの流れる様な曲線は無い。ダークブラウンのレンガにイエローの施釉レンガをアクセントに使って、アラビアン・ゴシックとでも言う様な、独特な雰囲気をこの建物は醸し出している。
 この異様な雰囲気のダークブラウンの建物は、ブレ通りに平行に6列に並べられている。各棟間は通路になっており、左右の道路に通り抜けができる。各棟の中程には大きなアーチ状のトンネルが穿たれ、各棟間の通路を結んでいる。このゲ−ト状のアーチの連続は、緩い斜面に設けられた下り階段とともに、ドラマティックな空間を造り出している。ブレ通りに面したファサードは、1階に店舗が入っていることもあり、又違った顔が楽しめる。
 かなりのヴォリュームのこの異様な雰囲気の集合住宅をたっぷり堪能した後、ルナ−ル通り(rue des Renards)の坂を上る。狭い坂道の左右には小さなレストランやカフェ、アンティーク・ショップ、アクセサリー・ショップが建ち並ぶ。そのうちの1軒のアクセサリー・ショップの店先に大きなブルーのアクアマリーンのペンダントが飾ってあった。中に入ると誰もいない。「ボンジュール」と大きな声で呼んでみると、2階で答える声がした。狭い廻り階段を、ベージュのニットドレスの上品な感じの女性が下りてきた。私はウインドウに飾ってあるアクアマリーンが素晴らしいので、ぜひ見せて欲しい、と彼女に頼んだ。「この店のアクセサリーは全て2階の工房で、私が作っています。」と言いながら、彼女は私にアクアマリ−ンを手渡してくれた。私はそのアクアマリーンと、光に翳して見ると色がきれいに輝きながら変化するムーンストーンのペンダントを買った。「ボン・ボワイヤージュ」と言う彼女の言葉に送られて、私はその店を出た。
 さらに坂を上り、ウィナン通り(rue de Wynants)を上り切ると裁判所前のジャン・ジャコブ広場(place Jean Jacobs)に出る。この裁判所だが、かなり大きい。ブリュッセルのインナー・リングの中ならば、ほとんどの場所からこの建物の大きなドームを見る事が出来る。あまりの大きさにマンモスとかモンスターと言うニックネームがついている。1883年竣工のJ.プーラールトの設計による建物だ。この裁判所、大きいので日本流に最高裁と言いたい所だが、ベルギーでは日本の三審制に当たる法廷が1つの建物の中にあるので、これはあくまで裁判所(Palais de Justice)と呼ぶのが正しい。この広場に面して、一目でそれと分かるアールヌ−ヴォー建築が2棟並んで建っている。どちらもベイ・ウインドウとパラペットの形状で、ファサードに変化を付けている。7番地のピアブームの
住宅(006 Habitation / Georges Peerboom)はかなり彫りが深く、彫塑的だ。9番地の住宅(007 habitation / Georges Hobe)の1階部分、特にエントランスの開口部の穴の開け方は、グラフィック的で面白い。
 ここまできて空模様がおかしくなり、ぽつりぽつりと雨が落ちてくる。気温も5月だと言うのにかなり下がって、肌寒くなって来た。今日はスタートが遅れたこともあり、お昼を大分過ぎてしまった。第1日目はこの位にしてグラン・プラ−ス附近に戻り、温かい食事でもとれるレストランを探そう。この天候ではもう取材は諦めるしか無い。午後の空いた時間はギャルリー・サンチュベールの本屋でアール・ヌーヴォー関係の資料でも探すことにしよう。