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1.プロローグ(ブリュッセルへ)

The prologue to Bruxelles

 飛行機は序々に高度を下げて行く。翼の下にはオレンジ色の切妻屋根と白い壁の小さな民家が点在する田園風景が広がって行く。私はふと、村上春樹の「ノルウェーの森」の冒頭シィーンを思い出した。たしか、ヨーロッパのとあるエアーポートに着陸した飛行機の内で、中年の主人公が軽い目眩に襲われる。乗客が降りる準備を始める機内には、ザ・ビートルズの「ノルウェーの森」が静かに流れる。主人公は席に蹲り、静かに流れるBGMを聞きながら青春時代の回想に浸る...と言った場面ではなかったか。

 私の乗った飛行機には「ノルウェーの森」も「ビリー・ジョエル」も流れなかったが、私の頭の中を17年前のブリュッセルの思い出が駆け巡った。それは仕事の上のつき合い旅行で、建設会社や設計事務所の管理職クラスの人達を集めた70人余りの団体旅行であった。私の勤めていた設計事務所も,本来所長が参加すべき所であったが、団体旅行の嫌いな所長がお鉢を私に回してきた。そんな偶然が私の最初のアールヌ−ヴォー建築の旅を実現するきっかけとなった。

 建築を志し「私の建築」を探し求めていた時期、私は神田の古本屋街で1冊の本に出会った。それはブルーの表紙に「Bruxelles 1900」と書かれた展覧会のカタログであった。G.ストロヴァンの「メゾン・ヴァン・ダイク」の写真はそのカタログの中にあった。それはヨ−ロッパ北方辺境の地にでもありそうな、何かオドロオドロしい「魔界城」と言った雰囲気の建物で、その2階バルコニーに老人が1人立ち、こちらを見据えている不思議な写真であった。私はこの作品に「私の建築」を開く「鍵」の様なものを感じた。それ以来、神田古本屋街にアール・ヌーヴォー建築関連の資料を探しに出かける様になったのだが...。
そのブルーの表紙のカタログには、150余りのア−ル・ヌ−ヴォー建築の写真とそのアドレスが記載されていた。私はブリュッセルの地図を入手し、そのアドレスを頼りに、ア−ル・ヌ−ヴォー建築をプロットした。その団体旅行のブリュッセルでの滞在期間はわずか2日。私はブリュッセルの旧市街を取り囲むインナー・リング(環状道路)の東南外周附近をマップ片手にタクシーで駆け巡った。帰国後.、数百は現存すると思われるベルギ−・ア−ル・ヌ−ヴォー建築を日本に紹介するべく、いくつかの雑誌社に写真と原稿を送り打診したが、芳しく無い返事とともに時間だけが過ぎて行った。そして「私の建築」への想いも日常生活の中に埋没して行った。

 それから様々な生活上の出来事があった。子供達も大きくなり、少しずつ自分の時間を持つ事が出来るようになった。私は再び、アール・ヌーヴォー建築の研究を始めた。そして17年後、さらに強化された200余りのア−ルヌ−ヴォー建築をプロットしたマップとともに、今ブリュッセル国際空港に降り立とうとしている。

入国手続きはごくあっさりしたものだった。国鉄ホームへのエスカレーターが分かりづらかったが、取材用資材を詰め込んだサムソナイトとともに、無事A.C.E.(Airport City-Express)に乗り込んだ。ブリュッセル中央駅へは約20分だ。
 途中、シェールビーク(Schaerbeek)まで来ると、それまでの田園風景は古い家々が軒を連ねて犇めく町並みへと変化する。ある、ある、古い家並みの中に、ぽつりぽつりとそれらしいアール・ヌーヴォー調のファザードが見え隠れしている。
 A.C.E.は北駅を過ぎると地下に潜り中央駅地下ホームへ到着する。ここが、ベルギ −・ア−ル・ヌ−ヴォ-建築の父と言われるヴィクト−ル・オルタの遺作、ブリュッセル中央駅なのだ。残念ながら、彼の晩年の作品には、あの生命感溢れる流れる様な曲線は見られない。この駅舎にも、直線を基調としたア−ル・デコ調のディテールが散見されるのみである。それにしても、F.ボルシ「VICTOR HORTA」掲載のパースで想い描いたイメージよりもずいぶん狭い。そして暗い。ヨーロッパ全般に駅などの公共施設の照明は、日本に比べてかなり暗いのだが.....。これから数日間、ここがブリュッセルを歩き回るベンチマークとなる。
 
駅前の信号を渡り坂を下る。重いピギーを引きながらデコボコの石畳の坂を下るのはなかなか辛い。幸いホテルはすぐ見つかった。日本からインターネットで予約しておいた古くて小さなホテルだ。ブリュッセル最大の観光スポットであるグラン・プラース(Grand Place)、ヨーロッパ最古のパサージュの1つと言われるギャルリー・サンチュベール(Galeries St-Hubert)、それに食い倒れ横町肉屋通り(rue des Bouchers)にもすぐ近いハーブ市場通り(rue du Marche-aux-Herbes)にホテルは面している。通りは三叉路の部分で小さな広場になっている。周囲からカフェのテーブルが張り出し、日没後でもかなり明るいヨーロッパの夕暮れ の中で、ビールやエキスプレス・コーヒーを楽しむ人達で賑わっていた。400種類以上あると言われているベルギービール、ム−ル貝のワイン蒸し、ゆで卵のみじん切りとセロリの入ったバターソースで食べる白アスパラ、鳥や魚のクリーム煮ワーテルゾーイ、牛肉のビール煮カルボナード・フラマンド等,ベルギ−料理を思い浮かべ胸が騒ぐ。そして何より明日から訪ね歩く200余りのアール・ヌーヴォー建築が頭の中を駆け巡る。